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こんにちは。
トヨタ博物館にてプリウス車両開発車講演会が行われ、初代プリウスの開発メンバーでいらっしゃった小木曽氏が登壇なさるというので、博物館見学も兼ねて行ってきました。
プリウスの開発ストーリーとしては「ハイブリッドカーの時代」が出版されていますが、同書が技術的なことも含めて開発段階に本格的に入ってからのストーリーであるのに対して、小木曽氏はそれ以前、主に93〜94年の検討段階のお話を多分に含めてくださり、大変興味深く約1時間の講演を拝聴できました。
特に興味深かったのが、
・G21の"G"の由来は"G"LOBEが表向きだが、実は金原氏(G21プロジェクトの提案者だそうですね)のお名前にちなんで"G"OLDだった。
・プロジェクト発足当初は21世紀に間に合わせればよいだろうと考え、1999年12月末がターゲットと思っていたが(もっと言えば、21世紀なので2000年12月!?と思っていたところ、さすがに内山田氏に却下されたとか。笑)、95年には2年後の発売が決まってしまい、「21世紀に間に合いました」のフレーズは自分たちの実感でもあった。
・モーターショーでお披露目した車体をベースにした0次試作車を動かすまでに49日もかかった。実際の開発はコロナ等の他車種をベースに進めた。
・PSHV(機械分配式)の他にも何種類ものHV方式が検討されたが、現行の2モーター式が部品構造がシンプルであり、燃費面でもコスト面でも将来的な伸び代がありそうと考えて採用。
・実際の開発期間は2年ちょっとであったが、こんな期間でできたのはトヨタ社内の先行技術開発の蓄積があったからこそ。スポーツ800をベースにしたガスタービンハイブリッドのお話もあり、プレゼン資料にはGTエンジンと書かれていましたが、つい連想してしまうようなGTではなく、ガスタービンの略ですと笑いを取っておられた。
・THSの技術発表をした直後、燃費計算の前提にミスがあって28km/Lを2キロほど達成できておらず、大急ぎで追加開発をした。
あたりでしょうか。
また、講演後半の時間では、困難なプロジェクトを進める上で、プロジェクトマネジメントやエンジニア個々の志の持ちようがとても大切であったとも振り返っておられました。企画当時の社内資料、94年の内山田氏就任当初の「高い志をもって、よいクルマを開発する」というG21プロジェクトのスローガンが書かれた、もう赤茶けた資料をも見せてくださり、これまた興味深かったですね。
講演後の質疑応答では3名ほどの方がディーゼルハイブリッドの可能性、四代目プリウスの方向性、PHEVの将来性などについて熱心に質問をなさっておられました。どうも関係各社のエンジニアの方も多くいらしていたようです。
私も初代からプリウスに乗り続けていますが、直に開発者のお話を伺うとさらに愛着がわきますね。
どこかの媒体で詳細なレポートが載ることを期待したいと思います。
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